徳島地方裁判所 昭和26年(ワ)32号 判決
原告 米田路覚
被告 森康祐
一、主 文
被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の家屋を明渡し昭和二十六年一月二十二日以降明渡済に至るまで一ケ月金千円の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告に於て金一万円の担保を供したときは仮に執行することが出来る。
二、事 実
原告訴訟代理人等は、被告は原告に対し別紙目録記載の家屋を明渡し且つ昭和二十四年十月十一日以降明渡済まで一ケ月金千円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因並びに被告の答弁及び抗弁に対し次のとおり述べた。
被告は原告の甥で且つ娘婿であつた間柄であるが原告は被告の後援によりその出資を得て製繩事業を利益は原告に於て取得する約で原告所有の別紙目録記載の家屋で開始したが被告が当初の約を履行しないので交渉の上原被告の共同事業とし当時までに原告が他より借入れ事業資金に使用していた金七万円及びその利息金五千円の合計金七万五千円を原告の出資に振替へ、被告も亦当時迄の投入資金中金七万五千円をその出資として共同事業とし会計事務を原告に於て担当し被告は販売を担当することを約したが、之亦約に反し被告に於て会計を原告に担当せしめないので原告は已むなく組合契約解除を申入れたところ訴外篠原フジエの仲裁により昭和二十四年九月十日両者間に和解が成立し、原告は被告に対し別紙目録記載の家屋を賃料は一ケ月金千円、毎月月末払、期限は約三ケ年の約で賃貸すること、並びに事業の清算についての約定を為し原告は共同事業より脱退し前記家屋は右約定の下に被告に賃貸し爾来被告は該建物で大宝魚綱工場を経営してきたものである。しかるに被告は賃料として一ケ月分金千円を支払つたまゝ爾後の賃料の支払をしないので原告は再三請求の後已むなく昭和二十六年一月十日内容証明郵便を以て同書到達後十日間内に延滞賃料を支払うこと、もし右期間内に支払わないときは前記賃貸借契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示を為し該書面は翌一月十一日被告に到達したが所定期間内にその支払をしないので原被告間の賃貸借契約は右期間の経過により消滅したものである。しかるに被告は該家屋を明渡さず原告に対し賃料に相当する損害を蒙らしめているので被告に対し右家屋の明渡及び昭和二十四年十月十一日以降昭和二十六年一月二十一日迄は一ケ月金千円宛の賃料及び同月二十二日以降は同一割合による損害金の支払を求める為本訴に及んだものである。
被告の答弁並びに抗弁事実中和解契約の内容が賃貸借契約以外の点は被告主張のとおりであること、右賃貸家屋の家賃に付停止統制額はなく且つ賃料の額に付知事の認可を受けていないこと、昭和二十四年九月三十日被告より金三万四千円、同年十一月三十日金二万八千円の支払を受け金二千円に付いては後述の如く相殺に応じたこと、は何れも認めるがその余の事実は否認する。被告主張の原告に賠償義務ありと言う(一)(1) は一部原告の負担すべきものがあり、同(2) は元事業に使用していた原告の時計の修理費で事業資金より支払われたものであるから共同事業終了により右時計を原告が引取つたのでその修理費も原告が負担すべきものと認め、之と右(1) を合した金二千円に付ては被告主張の如く相殺に応じたものである。仮に被告主張のように原告に着服等の事実があつたとしても和解により一切既往の関係を清算したものであるから原告に之が賠償義務はない。然らずとしても右賠償債務は和解による支払金(賃料以外のもの)と清算すべきものであるから賃料との相殺を主張する被告の抗弁は失当である。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁並びに抗弁として以下のとおり述べた。原告主張の事実中原被告の身分関係が原告主張の通りであること、原告主張の家屋で原被告が製繩の共同事業を始めたこと、該共同事業における出資関係が原告主張の通りであること、その後原被告間に紛争を生じ原告主張の日訴外篠原フジヱの仲裁により和解が成立したこと、昭和二十六年一月十一日原告主張のような内容証明郵便を受取つたこと、被告の現に使用する家屋の部分が原告主張のとおりであること、は認めるがその余の事実は否認する。当初被告は原告を現場担当者として昭和二十三年四月原告主張の建物で資金二十二万円を投じ製繩業を始めたものであるが、昭和二十四年二月七日原告の発議で之を原被告の組合事業としたものである。しかるに原告は同年五月十五日組合事業を中止すると称し出資金の返還、工場建物の明渡を要求し紛争を生じたところ原告主張の日訴外篠原フジヱの仲裁により原告主張の如き賃貸借契約を含む左の如き条項の和解が成立し原告は共同事業より脱退した。但し賃借家屋は原告主張の如く二階一部を除くものでなく、二階は全部である(階下牛小舎の部分は除外)。
(1) 被告は金七万円及び之に対する利息金一万千二百円合計金八万千二百円から原告が組合事業に入つた後事業の配当として受領した金六千円並びに他に金八百円を差引き金七万四千四百円を原告に支払うものとし、昭和二十四年九月三十日金三万四千四百円、同年十一月三十日金四万円の二回に分割して支払うこと。
(2) 右支払済の上は原告は工場電気使用者の名義を被告名義に変更すること、等を約したものである。
(一) しかして原告は前記和解に基き家屋全部を被告に引渡す義務があるのに拘らず二階の一部約四坪を物置に使用して明渡さないので被告に対しても賃料請求は為し得ない。
(二) 仮に然らずとしても原被告間の右賃貸借契約における約定賃料の額については知事の認可がなく且つ停止統制額はないから被告に於て支払義務はない。
(三) 仮に被告に支払義務があるとしても被告は和解契約に基き昭和二十四年九月三十日金三万四千円は支払を了し、同年十一月三十日支払期とされている金四万円に対しては金二万八千円を支払い、金二千円は後記の様に原告が不正に事業資金を流用していたのを発見したのでその内の後記(1) (2) の金二千円を以て相殺し残額金一万円は更に他の賠償債権と相殺すべく支払を差控え、次で賃料に付ては原告が前記のように二階の一部を使用せしめないので減額方を交渉したが応じないので右二階の一部を原告に於て使用せしめない以上賃料は約定の半額金五百円が相当であるので、被告は昭和二十五年十二月三十日訴外久次米武夫をして金一万円を原告方に持参せしめ、之を以て昭和二十四年九月以降同二十五年十二月迄十六ケ月分の賃料一ケ月金五百円の割合による合計金八千円と前記昭和二十四年十一月三十日支払の約の金四万円の残額金一万円に充て不足分金八千円は原告の賠償義務ある後記(3) 乃至(8) の合計金九千四百円を以て対当額にて相殺する旨の意思表示をなさしめたが原告に於て前記金員の受領をしない。以上の次第であるから原告よりの支払の催告並びに条件附契約解除の意思表示を受けた当時に於て催告に係る賃料は相殺により消滅したか又は原告に於て受領を拒んだものであるから契約解除の意思表示は効力を生じない。しかして前記賠償債権とは次の様に原告が事業に関係中資金を、不正に流用又は着服していたもので和解当時原告は被告に対し之が賠償を為す義務があつたものであるが当時被告に於て発見し得なかつたものである。
(1) 金千六百円(原告が田の耕作の費用としたと称するもの)
(2) 金四百円(電気設備に付電気会社員に贈つたと称するもの)
(3) 金百円(組合事業中藁購入の手附金としたと称するもの)
(4) 金三千円(被告の資金で引込んだ電力外線を後に電気会社に売渡した代金の着服)
(5) 金八百円(油の買入に使用したと称するもの)
(6) 金千八百円(米麦等を買入れたと称し着服したもの)
(7) 金二千円(被告の藁を横領使用したもの)
(8) 外に金千七百円
(四) 仮に然らずとしても被告に義務違背あるときは訴外篠原フジヱをして解決せしめ直に出訴しない旨の約定があるから原告の本訴請求は失当である。
(五) 仮に以上の主張が総て理由なしとしても原告の催告は過大であるから不適法であり之を前提とする原告の解除の意思表示は効力がない。<立証省略>
三、理 由
原被告間の身分関係が原告主張のとおりであること、原告が被告の出資の下に本件家屋で製繩事業を始めその後原被告の共同事業に更めたこと、その出資については当時迄に原告が他より借入等により事業資金に使用していた金七万円及びその利息金五千円、合計金七万五千円を原告の出資に振替え、被告も亦当時迄の投入資金中金七万五千円をその出資としたこと、その後原被告間に紛争を生じて訴外篠原フジヱの仲裁により昭和二十四年九月十日原告は共同事業より脱退することとし両者間に和解が成立し原告は被告に対し本件家屋(その範囲に付ては争がある。)を賃料一ケ月金千円、毎月末払、期間は約三ケ年の約で賃貸すること、被告は原告に対し金七万円及び之に対する利息金一万千二百円、合計金八万千二百円から原告が組合事業に入つた後受領した配当金六千円並びにその他に金八百円を差引き金七万四千四百円を支払うものとし昭和二十四年九月三十日金三万四千四百円、同年十一月三十日金四万円の二回に分割して支払うこと等の内容の和解が成立したことは当事者間に争のないところである。
証人篠原フジヱ(第一回)村部安次郎、米田ミノリ、久次米武夫(第一、二回)の各証言原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く)を綜合すると原告が製繩事業を始めるようになつたのは昭和二十三年四月頃からで被告は前記の様に原告の娘婿であつた関係から自己が経営していた製繩事業を自己の出資の下に原告に営ましめ原告に利益を取得させる約で本件家屋で右事業を始めたものであること、その後昭和二十四年二月頃被告の求めにより原被告の共同事業とするに至り出資は前記の如く定め原告に於て会計を担当することとして共同事業を開始したが同年九月頃に至り経理上の紛争から被告は原告の会計事務の担当を拒み原告亦共同事業の清算を要求し紛議中たまたま両者の親族なる訴外篠原フジヱの仲裁により前記の様な和解の成立したこと、右和解における本件家屋の賃貸借の範囲については当時その二階の一部に原告方の養蚕道具を置いてあつたので二階は被告に於て右養蚕道具等を適宜取片づけて空いた部分を使用することとの取りきめであつたことを各認定することが出来る。右認定に副わない乙第二号証の記載、証人久次米武夫の証言(第一回)は採用しない。
そこで以下被告の抗弁事実(一)乃至(五)につき順次判断する。
被告主張の(一)の事実が理由のないことは前認定のとおりである。(二)本件家屋家賃については停止統制額がなく前記賃貸借について原告に於てその家賃の額の認可を受けて居ないことは被告の認めるところで地代家賃統制令第六条によれば家賃について停止統制額のない場合に当該借家の貸主が同令施行後最初に家賃の額を契約しようとするときはその額について都道府県知事の認可を受けることを要する旨の規定があり更に同令第八条は右に違反して家賃の額を契約し又は受領した者について罰則を以て臨んでいるところであるが、その後右第六条の家賃については昭和二十五年七月十一日政令第二百二十五号による改正により工場等の用に供する建物についてはその適用を除外せられその家賃の統制は解除されるに至つたものである。
以上の経過に徴すると右解除前の規定に違反し工場の用に供する建物につき家賃の額を契約した後右の解除が行われた如き場合は他に特段の事情のない限りは解除以後は約定通りの額が有効となるものと解するを相当とする。蓋し右統制令の私法上の契約に及ぼす効果については同令は額の契約そのものをも禁じ罰則を以て臨んでいるけれども、之が為直に同令に違反した契約が、その成立自体を否定されるものと解する根拠はなく、右認可を受けない限り額の契約は成立するもその効力を生じない趣旨と解するのを相当とするからである。従つて本件原被告間の賃料の定めについても前記解除のなされた昭和二十五年七月十一日以降は約定通り一ケ月金千円の定めは有効で被告はその支払義務を負うもそれ以前の分については所定の手続を経ていない以上右約定はその効力なきものと言わねばならない。(三)次に被告は昭和二十五年十二月三十日前記和解による支払残金一万円と本件家屋の家賃金八千円に対し金一万円は現金を持参し残額は被告の原告に対する賠償債権があるから之と相殺の意思表示をしたと主張する。しかし右債権の存在については成立に争のない乙第二、三号証、証人久次米武夫の証言(第一、二回)によれば前記和解後尚双方間に原告の事業関与中の資金の使途等について紛争が続いていたことは認められるが同証拠に成立に争のない甲第一号証の二、原告本人の供述により成立を認め得る同号証の一、並びに同供述を対照すれば前記乙第二、三号証、久次米証人の証言(第一、二回)は原告に被告主張の如き資金不正使用があつたことを確認する資料としては十分ではなく、又金一万円の提供についても前記久次米証人の証言(第二回)を外にしては之を認めるに足る証拠がなく、この点に関する同証言も亦証人篠原フジヱの証言(第二回)原告本人の供述に照し信用し難いところで他に被告主張の事実を肯認すべき証拠はない。しかして昭和二十六年一月十一日原告が十日間の期間を置いて被告に対し延滞賃料の支払方催告を為し且つ之が不払を条件とする契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争のないところで当時被告は昭和二十五年七月十一日以降同年十二月末日迄一ケ月金千円の割合による家賃(合計金五千六百七十七円二十五銭)につき遅滞にあつたことは以上認定に徴し明である。(五)被告は右催告は過大であると主張し成立に争のない乙第三号証によれば右催告金額が金一万五千円であり、原告はその支払を受けたと自認する当初の一ケ月分を除き催告当時までの賃料支払方を催告したものと認められるが、前記のように昭和二十五年七月十日迄は賃料の定めは無効であるからその部分についてはその催告は不当であるが直に之を以て催告全部を不適法と解する理由はなく、上来認定の経緯に徴するも延滞賃料の履行の催告を目的とする以上相当額の部分については有効な催告と認めるに妨なく、催告の期間も相当であるから結局右催告期間たる十日を経過した昭和二十六年一月二十一日限り本件賃貸借契約は消滅したものと言わねばならない。よつて被告は原告に対し本件家屋を明渡すとともに昭和二十五年七月十一日以降右解除迄なる昭和二十六年一月二十一日迄は一ケ月金千円の割合による賃料及び同月二十二日以降明渡迄は相当賃料に該る損害金の支払を為すべき義務があり、右相当賃料額は前記約定賃料額たる一ケ月金千円を以て相当と認め得る。しからば原告の本訴請求は右の限度に於て正当であるから之を認容し、爾余の部分は失当として之を棄却するものとし、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第百九十六条第一項を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 合田得太郎)